歌詞の面影がある「たきび」のうた発祥の地(中野区)
街を散策していると、思ってもいなかったものと出合うことがある。
中野区内を街歩きしていたら、「中野区認定観光資源」と書かれた説明板を見つけた。
中野区認定観光資源とは、観光を推進することを目的に中野区が地域資源として認定したものを指す。
見つけた『「たきび」のうた発祥の地』も中野区認定観光資源のひとつのようだ。
幼い頃に歌った「たきび」はこの場所だった
垣根の役割は塀と変わらない。
敷地の境目に設けているがブロックを積んだものやコンクリート、石造りの塀が多い。
街歩きをしているとブロック塀が多いから、「たきび」のうた発祥の地の「垣根」は異質だ。
中野区の上高田地区にあるのは、竹製の垣根。しかもかなり先まで伸びていて、ほかではあまり見ない垣根だと思う。
そこに説明板があり、次のように紹介されていた。
「たきび」のうた発祥の地
かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
きたかぜ ぴいぷう ふいている
今も人々に愛唱されている「たきび」のうた。この動揺の作詞者、巽聖歌(本名野村七蔵 一九〇五~一九七三)は、岩手県に生まれ、北原白秋に師事した詩人で、多くの優れた児童詩を残しました。
聖歌は、この詩が作られた昭和五、六年ごろから約十三年の間、萬昌院のすぐ近く、現在の上高田四丁目に家を借りて住んでいました。朝な夕なにこのあたりを散歩しながら、「たきび」のうたの詩情をわかせたといわれています。
歳月が流れ、武蔵野の景観が次第に消えていくなかで、けやきの大木がそびえ、垣根の続くこの一角は、今もほのかに当時の面影をしのぶことができる場所といえましょう。
中野区認定観光資源
平成二十六年二月/中野区教育委員会
まさかこんな街角に、幼い頃に歌っていた歌の発祥地があるなんて……。
遠くへ行かずとも、意外と近くに珍しい物はあるかもしれないと得した気分になれた。
中野区のサイト見ると、令和2(2020)年10月時点で中野区認定観光資源は123件あるとのこと。
中野区を訪れるときは事前に調べておいて立ち寄ってみるといいかも。
「たきび」のうた発祥の地について
「たきび」のうた発祥の地
(所在地 東京都中野区上高田3-26-17)
■「たきび」のうた発祥の地までの距離(徒歩の場合)
・新井薬師前駅…約 0.494km(06分)
観光情報についての参考サイト
■まるっと中野
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/102500/d032290.html
→中野区公式観光サイト
■中野区 公式サイト
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/
■GO TOKYO
https://www.gotokyo.org/jp/index.html
→東京の観光公式サイト